防長民のぶらぶら放浪記

山口県内をふらっと巡る、気ままな地域散策ブログ。

山口県周南市の影向石(えいこういわ)を訪ねた|遠石の地名の由来となった岩

遠石の地にひっそりと佇む、不思議な岩があります。
遠石八幡宮から少し離れているため気づきにくいのですが、実はこの神社と深い関わりを持つ岩です。

今回は、その「影向石(えいこういわ)」を訪ねてみました。

影向石のある通り

影向石は、遠石八幡宮から少し離れた住宅街の中にあります。

人通りも多くはなく、静かな雰囲気の場所です。

歩いていると、唐突に鳥居が現れます。

鳥居の正面

影向石のある場所に到着し、鳥居の正面あたりから撮影してみました。

左右に木が並び、その奥には大きな岩が見えます。

一見すると神社のようにも見える、不思議な風景です。

鳥居の周り

神額は特にありません。

そもそもここは神社ではないので、当然といえば当然ですね。

柱には文字が刻まれています。

「宝暦十庚辰(ほうれきじゅう・かのえたつ)」と読めそうです。

柱のそばには、地元の案内と思われる立て看板もありました。

「八幡宮創建 遠石の地名 由来の影向石(えいこういわ)」

この一帯が「遠石」と呼ばれる由来は、この岩にあるとのことです。

右側の柱には、「奉寄進石鳥居」(石鳥居を謹んで寄進する)と刻まれています。

鳥居をくぐった先の風景

鳥居をくぐると岩が見えてきました。

大きさは乗用車ほどでしょうか。
近くで見ると、それ以上に大きく感じられ、どっしりとした存在感があります。

影向石の正面

こちらが影向石の正面です。

岩の周囲は注連縄のようなもので囲まれ、正面には石碑が建てられています。

石碑には「本朝四所遠石八幡別宮影向」と刻まれているように見えます。

影向石を1周してみる

しばらく眺めていて、この岩には柵がないことに気づきました。

せっかくなので、左回りに一周してみることに。

まずは正面から少し左。

そして裏側。

……一周してみたものの、「これだ!」という特徴は特に見つかりませんでした。

(なぜ回ったのか)

ただ、石の上を見ると小銭が置かれていました。

神社などでも時々見かけますが、ご利益を求めて置いていく人がいるようです。

影向石(えいこういわ)の由来

岩の近くには由来を説明する立て看板がありました。

以下、引用です。

遠石八幡宮縁起によれば、推古天皇三十年(六二二年)春の夜、豊前国より宇佐八幡大神が神馬に跨りこの地の浜辺に降臨された。

その時 神風静まり光明と伴に忽然と現れた一つの大石に降り立たれ、

「吾は宇佐八幡大神なり。この地に跡を垂れて民を守らんため、今ここに顕わる。嗚呼遠し。」と信託された。

八幡宮の創建に由来するこの大石を影向石と称し、石上に今尚神馬の蹄跡を残す神岩として広く信仰されている。

遠石八幡宮

アクセス

JR櫛ケ浜駅から徒歩20分程度の場所にあります。

遠石八幡宮を目指していくとわかりやすいです。

以上です。

 

山口県周南市の大島神社を参拝してみた(※周防大島ではありません)|参道から境内までの風景を写真で紹介

山口県周南市にある大島神社を参拝してきました。

海沿いの鳥居から長い石段が続き、椿も楽しめる静かな神社です。

あまり知名度は高くない神社ですが、落ち着いた雰囲気で参拝しやすい場所です。

周南市大島地区の地元の方々に親しまれている神社といった印象でした。

(※「大島」といっても、周防大島ではありません)

参道の様子(海沿いの鳥居から続く長い石段)

一の鳥居

まずは一の鳥居へ向かいます。

海沿いの道路のすぐそばに、一の鳥居が建っていました。

なお、近くに駐車場はありません。

鳥居の額には「大島神社」と記されています。

また、柱の部分には「大正十五年三月」と刻まれていました。※西暦1926年。

周辺に由緒書きのような案内板は見当たらず、神社の詳しい変遷はよく分かりません。

ただ、この鳥居自体は比較的新しいもののようです。

長い石段と椿

では登っていきましょう。

……と思ったのですが、地域の神社にしてはかなり長い参道で、本殿はまだ見えません。

登る前から、少し心が折れそうになりました。

石段は一段一段がしっかりしており、思った以上に体力を使います。

とはいえ、良い点もあります。ここは椿がとてもきれいです。

写真では少し伝わりにくいのですが、実際にはもっと美しく見えました。

そのため、訪れるなら春先がおすすめです。

参道には椿の花が落ちていました。

椿は参道に沿って数多く植えられており、歩きながら楽しめます。

しばらく登っていると、二の鳥居が見えてきました。

左に見えるのはシュロの木、右手には椿が広がっています。

二の鳥居

二の鳥居に到着しました。

左右には狛犬が鎮座しています。

鳥居を正面にして、こちらが左側の狛犬です。

そしてこちらが右側の狛犬です。

どちらも比較的新しいもののように見えました。

この先も参道は続いています。

竹林の中を通る、静かで長い参道です。

途中には灯篭もいくつか配置されていました。

境内の様子

拝殿・本殿

石段を登りきると、拝殿に到着しました。

正面から見ると、こじんまりとした印象です。

参道の緑に包まれた風景から一転して、急にひらけた場所に出るため、少し拍子抜けするかもしれません。

全体としてシンプルな構成で、装飾は控えめです。

その分、質素で落ち着いた雰囲気があります。

派手さはありませんが、落ち着いて参拝できる雰囲気です。

背後には本殿が控えているようでした。

アクセス

防長バスを利用して、約25分です。(徳山駅乗車、白鳩学園前下車)。

本数が限られているため、車でのアクセスが現実的です。

以上です。

 

山口県萩市・山口市の長門峡(ちょうもんきょう)を実際に歩いてみた|散策ルートと見どころを写真で紹介

山口県萩市と山口市にまたがる渓谷「長門峡(ちょうもんきょう)」を紹介します。

長門峡は山口県内でも人気の散策スポットとして知られています。

少し長めの記事なので、気軽に流し読みしてもらえると嬉しいです。

長門峡(ちょうもんきょう)とは

長門峡は、阿武川沿いに広がる自然豊かな渓谷で、萩側から山口側まで続く全長5.1km(往復10.2km)のハイキングコースです。

国の名勝にも指定されており、四季折々の景観が楽しめます。

特徴

  • 萩市と山口市にまたがる渓谷
    • 阿武川の流れに沿って続く自然豊かな景勝地。
  •  全長5.1kmのハイキングコース
    • 片道5.1km、往復10.2kmの歩きごたえあるルート。
  • 国の名勝に指定
    • 四季ごとに変わる美しい景観が評価されている。
  • 読み間違えられやすい名称
    • “ながときょう”と読まれがちだが、正しくは“ちょうもんきょう”。

長門峡の風景

長門峡の遊歩道を、山口市阿東町側の入口(長門峡道の駅付近)から歩き始め、萩市側の終点まで進んでみました。

道の駅「長門峡」付近

スタート地点は道の駅「長門峡」です。
駐車場が広く、飲み物や軽食もそろっているので、ハイキング前の準備にとても便利な場所になっています。

篠目川の橋を渡るあたりは、まだ景色も穏やかで、明るい陽ざしが心地よく感じられます。

丁字川出会淵(ていじがわであいぶち)

丁字川出会淵(ていじがわであいぶち)付近には、かつての旅館や建物に挟まれた細い道が続いています。左手に見える建物は「洗心館」。

中原中也も利用したといわれる歴史ある旅館でしたが、2012年に営業を終えています。

進んでいくと、丁字川の案内板が目に入りました。

このあたりは、阿武川が篠目川と合流する地点で、川の流れがゆったりと広がっています。

この付近は道の駅からすぐの距離で、散歩にも気軽に立ち寄れます。

ただし、先へ進むと足元が滑りやすい場所もあるため、注意が必要です。

千瀑洞口(せんばくどうこう)・東屋付近

東屋があり、ここでひと息つくことができます。

そのそばには、少し教訓めいたお知らせが掲げられていました。

【お知らせ】

  • 底は見えても見たより深い
  • 川底は思わぬ深みがある
  • 渕には極度の低温層が… など

実際、この一帯はまさにそのとおりで、先ほどまでの穏やかさとは一変します。

周囲はうす暗く、川の流れも急に激しさを増し、空気もどこかひんやりしていました。

看板のそばに、川へと降りていく小さな道があります。

ただ、この日は川の流れがとても強く、近づくと足を取られそうだったので、無理をせず少し離れた場所から眺めるだけにしました。

萱ヶ淵(かやがふち)・桜橋

ここの通路は崖に取り付けられたような造りで、少し緊張しながら進むことになります。

ここは道幅が狭く、誰かとすれ違うときは少し緊張します。

桜橋という名の、小さな橋を渡っていきます。

そして萱ヶ淵(かやがふち)に到着です。

萱ヶ淵は、川の両岸から大きな岩が張り出しているのが特徴の場所です。

船入(ふないり)

船入は背の低い木々が多く、景色がどこか優しい印象になります。

本来は船溜まりのように流れが緩やかな場所らしいのですが、この日はあいにく水勢が強く、大荒れの様子でした。

川獺淵(かわうそぶち)

川獺淵に着きました。

ここにある案内板は、なぜか川ではなく陸側に設置されています。

川のほうに目を向けると、このあたりは比較的穏やかに見えます。

鈴ヶ茶屋(すずがちゃや)

鈴ヶ茶屋に着きました。

名前のとおり小さな休憩所が設けられていて、ここでようやく遊歩道の中間地点に到達します。

この日は閉店しているようで、ひっそりとしています。

ここからひと時の間、少しひらけた場所を歩くことになります。

長門峡は本当に山間部を進む遊歩道で、途中にある建物といえば東屋と、この茶屋くらいしかありません。

民家も別の道もないため、引き返す場合は早めの判断が大切です。

高島洞門(たかしまどうもん)

しばらく進むと、高島洞門というトンネルが現れるので、そのまま通り抜けていきます。

ここは遊歩道にある2つのトンネルのうちのひとつです。

このトンネルは距離こそ短いものの、通路が狭くてなかなかの迫力があります。

明かりがないため、内部は少し暗く感じられました。

佳景淵(かけいぶち)

正直、この佳景淵にはあまり強い印象がなかったのですが、調べてみると「川上の昔ばなしで、河童がクモに化けて糸を足に掛け、人を引きずり込んだ」という伝説が残る場所でした。

ここでいう川上とは、平成の合併で萩市に編入された旧・川上村のことだと思われます。

この場所は、紅葉の季節にこそ最も美しい景色が楽しめるようです。

私のように木々がまだ緑の時期に訪れると、どうしても普通の川沿いの風景に見えてしまいます。

上和留瀬(かみわるせ)

上和留瀬のあたりなのですが、気のせいか看板がずいぶん簡素に見えます。

一度壊れたか何かがあって、付け替えられたのでしょうか。

もっとも、この一帯でいちばん流れが急な場所だけあって、飛沫がものすごいです。

下和留瀬(しもわるせ)

続いて、すぐ近くにある下和留瀬です。

ここもやはり流れが急で、うっかり足を滑らせたらひとたまりもありません。

紅葉橋(もみじばし)

長門峡の遊歩道には、赤い鉄橋がひとつだけ架かっています。

これが紅葉橋と呼ばれる橋で、一般の方も自由に渡ることができます。

(私も一般人です)

下をのぞくと激しい流れが続いていて、よくこんな川のそばを歩いてきたものだと改めて思います。

本来なら、この橋の先に生雲ダムへ向かう別ルートがあるのですが、今回は通行止めでした。
それに、ここまでの道のりがかなり険しく、正直もう歩き続ける元気も残っていません。
そのため、無理をせず引き返して元のルートへ戻ることにしました。

北海洞門(ほっかいどうもん)

長門峡の遊歩道にある2つ目のトンネルです。

入口が少し狭く、割れ目のようにも見えます。

そして中も狭いのですが、しっかり造られていて安心して通れるトンネルです。

そして、ついでと言ってはなんですが、そばを流れていた白糸の滝にも立ち寄ってみました。

竜宮淵(りゅうぐうぶち)

そして最後の目的地、竜宮淵にたどり着きました。

実は、この遊歩道の最終地点を過ぎると、川の流れは比較的穏やかになります。

お店が1軒あり、ここでアユ料理を楽しめるようです。
(私は時間の都合で立ち寄らず、この先の駐車場まで行った後に引き返しました)

アクセス

JR山口線の「長門峡」駅が最寄りです。

駅のすぐ近くには、道の駅「長門峡」もあります。

 

長門峡は、自然の中をゆったり歩きたい方におすすめの散策・ハイキングスポットです。

 

以上です。

 

山口県下松市笠戸島のはなぐり海岸にある海上プロムナードの風景

山口県下松市笠戸島の「はなぐり海岸」横にある「海上プロムナード」の風景を紹介します。

はなぐり海岸の海上プロムナードとは

笠戸島のはなぐり海岸の横にある海上歩道橋です。

  • 全長約300m
  • 魚釣り可
  • 突堤3基

はなぐり海岸の海上プロムナードの風景

海上プロムナードの風景を見ていきます。

はなぐり海水浴場

海上プロムナードは海の上の1本の道です。

今回は「はなぐり海水浴場」側から移動してみます。

「はなぐり海水浴場」は夏になると海水浴客でいっぱいになります。

この日はまだ冬(11月)なので、さすがにガラガラです。

細いわき道

海水浴場の横に細いわき道があるのでそこを通ります。

わき道を抜けると、広くてきれいな道に出てきます。

タイドプール?

最初に見えるのはタイドプールのような場所です。

最初は子供の遊び場のようにする構想があったのだと思われます。

現在は使われている気配がありません。

台座

何も乗っていない台座がありました。

下松市で誰かが偉くなったら、その人の石像が乗せられる予定でしょうか。。

海上プロムナード

海上プロムナードに来たのですが、この日は引き潮だったようです。

プロムナードの柱が丸見えです。

引き潮でも道の両端に海が見え、本当に海の上の道です。

このプロムナード上の左が笠戸島で、右側が海です。

しっかりした手すりなので、ここから落ちることはなさそうです。

(ただ落ちたら浅いので痛そう)

岸からはみ出した岩に沿ったプロムナードの道のうねりがすごいです。

良く造ったなあ・・・。

突堤

海上プロムナードには突堤が3基あります。(※1基は破損で立入禁止)

突堤からは魚釣りができます。

この日も魚釣りの人がいました。

プロムナードからの風景

プロムナードから本土の方向を見てみました。

雲が少なく、瀬戸内海の穏やかな海が見えます。

海の中

冬なので、底が見えるくらい海の水がクリアでした。

この日はあまり大きな魚がおらず、小魚が中心でした。

これでも子供と来ると最高に盛り上がるでしょうね。(特に男の子)

ボラの幼魚かな・・・。

少し大きなボラたち。この魚はいつも群れています。

終点:ひらめの供養塔

終点はヒラメの碑があります。

下松市はヒラメの街なのです。

この碑によく鳥がとまるのか、多少糞が乗っていますね。。

アクセス

防長バスでJR下松駅から乗車し、停車場「池の尻」で下車します。

15分程度徒歩で到着します。

付近の歩道が狭く蛇行しているため、自動車での移動をお勧めします。

 

以上です。

山口県周南市の「杉の森神社」を実際に歩いてみた|由来と境内の見どころを写真で紹介

山口県周南市にある「杉の森神社」を実際に訪れました。
周囲は木々に囲まれ、境内はどこか静かな空気が流れています。
今回は、実際に歩いて感じた境内の様子を写真とともに紹介します。

杉の森神社の由来と歴史

現地の看板には、次のような説明がありました。(抜粋)

毛利藩が別荘を建てたところ、夜ごとに不思議な出来事が起こり、占ってもらうと杉家の亡霊のたたりと言われました。
そのため館の近くに建てられた神社が「杉の森神社」です。

毎年5月9日にとうろうを立てて前夜祭があり、10日に祭りが行われています。
明治17年に興元寺境内へ移されています。

現地の説明は淡々と書かれていますが、杉家当主は毛利家との対立の中で妻を奪われたうえ謀殺されたと伝わっています。

杉の森神社の風景

付近の看板に境内の中について説明がありましたが、以下に写真付きで見ていきます。

入口から参道へ

杉の森神社の入口に来ました。

入口から右手へ進むと、山道のような参道が続きます。
草木が多く、歩きやすい靴で訪れるのがよさそうです。

奥に鳥居が見えますが、そこがゴールです。

周囲は緑が多く、自然に囲まれた印象です。

参道途中にある手洗鉢

ある程度登ってきましたが、想像以上に傾斜があります。

自然が多いため、服装や足元には注意が必要です。

道中、境内には「和田利右衛門平盛房」と彫ってある手洗鉢があるとの説明書きがありました。

こちらがその手洗鉢と思われます。

落ち葉に覆われた参道

参道?というか山道は落ち葉で覆われていました。

落ち葉が積もっており、足元には注意が必要です。

少し歩くと、杉の森神社の拝殿が見えてきました。

鳥居と灯篭の様子

杉の森神社の前に到着しました。

写真だと明るいですが、実際は少し薄暗いです。

杉の森神社の鳥居を観察してみました。

鳥居にはいくつか特徴があるらしいですが、神額には何もありませんでした。

鳥居の柱には「日月宮殿安楽而住、文久元年(1861年)辛酉吉祥日」と刻まれているようですが、文字は風化しており判読が難しい部分もありました。

※「死後、安らかに極楽浄土に住む 1861年」のような意味だそうです。杉家に関係するものかもしれません。

右側の柱に「神座鳥居入従此身、蔓延二年(1861年)辛酉吉祥年三月吉祥」と彫ってあるとのことであったが読み取り困難・・・。

灯篭は何とか読めました。

「文久元年辛酉吉祥日」と彫ってあります。

杉の森神社の拝殿

社の中には「かみしも」のようなものが祭神として祭ってあります。

ただ、拝殿は固く閉ざされておりました。

木製で簡素な見た目です。

木彫りの装飾はしっかりしており、造りも頑丈そうに見えました。

実は神社の隣に杉家のお墓があります。

しかしお墓ということもあるので、ここでは省略します。

まとめ

杉の森神社は、派手さはありませんが、静かな自然の中に佇む落ち着いた神社でした。
背景にある歴史に思いを馳せながら、ゆっくり参拝できる場所です。

アクセス

JR徳山駅から徒歩約1時間です。
周囲に商業施設などはないため、車での訪問がおすすめです。

 

周南市で歴史を感じられる静かな神社を探している方におすすめのスポットです。

 

以上です。

 

山口県周南市の鉢窪取水地跡(はちくぼしゅすいちあと)を紹介

山口県周南市の徳山海軍練炭製造所の鉢窪取水地跡を紹介します。

鉢窪取水地跡とは

明治37年に建設された徳山海軍練炭所(海軍燃焼廠)の用水確保のための取水口です。

(海軍練炭所とは海軍が使用する燃料を製造・管理する設備です)

 

徳山海軍練炭所の取水口は以下の2か所に建設されました。

  • 城山北の取水口
  • 鉢窪の取水口 → 今回紹介
    • 興元寺の後方の小さな渓流

鉢窪取水地の風景

鉢窪取水地の風景を撮影してみました。

取水地への入口

実は取水地への入口は「興元寺」および「杉の森神社」の一部となっています。

※「杉の森神社」は別途記事にします。

案内看板

杉の森神社の入口を見渡すと、奥に案内看板があります。

看板の内容を読むためには、草をかき分けていかないといけないです。

丁寧で分かりやすい文章で、取水地について文章が記述されています。

たぶん看板がないと何もない草原だと思って、この場所は見向きもしません。

実はここに戦争の遺構が残されているのです。

取水地

こちらがその取水口の跡の位置です。

元の姿の資料がありませんが、このあたりに取水口があったように思われます。

奥の渓流から水が流れていて、この水はとてもきれいです。

看板にも少し記載されていましたが、この川は東川の支流です。

 

この一帯は歴史的に毛利氏と関係が深い場所です。

また何の因果か日本軍関連の施設がいくつか建設されましたが、今は平和的に流用されています。

 

アクセス

JR徳山駅から徒歩で約1時間です。

 

以上です。

 

 

山口県周南市の遠石緑地(といしりょくち)を紹介

山口県周南市の遠石緑地(といしりょくち)を紹介します。

遠石緑地(といしりょくち)とは

昭和43年度から昭和61年度にかけて公害防止事業団により整備された5つの周南緑地のうちの1つです。※他の4か所は東緑地、中央緑地、西緑地、横浜緑地

過去に市街地の公害問題が深刻だったころに、整備された公園です。

 

公園の隣にはゆめタウン徳山があり、便利なところにある公園です。

遠石緑地(といしりょくち)の風景

遠石緑地の風景を撮影してみました。

案内図

まずは公園内にあった案内図を張っておきます。

が、劣化していてほとんど内容が分かりません。

なので、現地の様子を写真で紹介しようかと思います。

 

今回の記事では、この案内板の道を左から右に移動し、その後左に移動して戻っています。

公園入口

ゆめタウンから細道を通ると公園に入ることができます。

この写真の右側を参照すると、駐車スペースがあることもわかります。

運動広場

入り口を通って最初に見えるのが運動広場で、大きく開けた場所です。

私が訪れた日は雨だったためか、誰もいません。

ベンチ、トイレ

この運動広場にはベンチやトイレが設置されています。

ベンチの上の屋根が空洞なので、雨の日はずぶ濡れです。

晴れた日は寝転がるのもいいですね。

猿田彦神 祠(石造)※さるたひこのかみ

公園の少し先に、猿田彦神の祠があります。

この祠の祭神は日本神話の中の神である猿田彦神です。

勧請年月日は不明です。

猿田彦神は道祖神(道路の守り神、行く人を守る神)ともいわれています。

各地に祠が残されており、この地はその1つです。

なお、この地には徳山殉難七市の塚と卒塔婆もあったようです。
「あったようです」という歯切れの悪い文末なのは、現在その2つが行方不明になっているためです。

いったいどこにいったのでしょう・・・。

芝公園分岐

そして案内図に記載があった芝公園の分岐点です。

こちらから遠石八幡宮方面(左)に向かっていきます。

長い道

急に道が良くなりました。

両サイドが緑に囲まれていて、散歩にはよいです。

が、虫が多いので虫よけスプレーは必須です。

休憩スペース

道の途中に休憩スペースもあります。

ベンチもありますが、当然屋根は空洞です。

水飲み場は取っ手がなく、草が生えています。

広めの出口

しばらく行くと出口があります。

この出口の先は国道2号線です。

小さな小道

ただ、出口の付近から右に実は小道が続いています。

足場はよろしくないですが、雰囲気はよいです。

途中に橋があります。

川か用水路か分かりませんが、水が流れています。

この川の上はネットで、ガチガチの不法投棄対策がなされています。

小さな出口

しばらくすると小さな出口があります。

そのまま出てみると、国道2号線です。

ゆめタウン方面別ルート

最後にまだ通っていないゆめタウン方面の別ルートに行きます。

一回芝公園の分岐に戻って違う分岐に向かいます。

このルートは右が運動広場、左が新幹線の高架の道です。

高架の奥に見えるのは工場群です。

まさにこの公園が緩衝地帯なのです。

ゆめタウンの高架側出口

ゆめタウンの高架のある側の出口に到着しました。

タイミングがあえば、JR山陽本線の列車が見えます。

アクセス

JR徳山駅から徒歩で25分程度の場所にあります。

 

以上です。

 

山口県周南市須々万の神具岩(こうぐいわ)を紹介

山口県周南市須々万の神具岩(こうぐいわ)を紹介します。

神具岩(こうぐいわ)とは

須々万にある飛龍神社と関係のある巨大な岩です。

現地の看板を要約すると以下のとおりです。

長慶天皇(南朝)の時代、龍の姿に似た光体が飛来しては暗夜を照らして里人を驚かせていました。
山口の周防三ノ宮仁壁神社神主の「高階甲斐守春満」は夢に見た「飛龍の神」はこのことだと考え、須々万に行きました。
するとそこに巨石があり、現地の里人は「神具岩または影嚮石」と呼んでいました。

 

以前の飛龍八幡宮の記事と、今回の神具岩をまとめるとこうですね。

  1. 龍の光に似た光が、南の空から飛来して村を照らした。
  2. 山口にある神社の神主が、須々万に調べに行った。
  3. 須々万に行くと、巨石の神具岩があった
  4. そこで神社を立てることになった
  5. 社殿を建立したい本庄、新庄の2地域がお互いに譲らない。
  6. スギの木を植えて生育状態で決着をつけた ⇒ 新庄の勝ち
  7. 飛龍神社を建立した(別途記事にした神社)

神具岩のある風景

神具岩のある風景を撮影してみました。

道路沿いにある神具岩

神具岩は道路沿いにあります。

隣は畑です。

神具岩

こちらが神具岩です。

岩の上と横に祠のようなものがあります。

この岩の上の祠は今までよく落ちなかったものです。

上の祠を見ると、文字が書いてあります。

「文化三丙寅」

「文化三丙寅」は西暦にすると1806年です。

この年は江戸で「文化の大火」のあった年です。

石の裏には大きな木が2~3本植えられていました。

史跡の案内

史跡の石碑が建てられていました。

「史跡 神具岩」

これは都濃観光協会の建てた案内のようです。

都濃とは周南市、下松市一帯のことです。

神具岩の亀裂

この神具岩は横に大きな亀裂が走っています。

裏に回ってみても切れています。

見事に横に真っ二つ。

須々万川

後ろには須々万川が流れています。

地域の小さな小川です。

神具岩の後ろを、避けるように通り抜けています。

この後、この流れは錦川につながっています。

神具岩が少し大きすぎて護岸が削れているのはご愛敬。

後書き

実は記事を書いて後で気づきました。

数年後の文化14年に東京八王子で多数の隕石が飛来しています。

 

だから里人が龍のようなものを見たと言ったことは、あながちおかしな話ではないです。

だからと言って神具岩が隕石とは限らないですけど。

アクセス

近くに駅はありません。

JR徳山駅からだと徒歩で4時間半程度です。(道幅は狭く熊が出ます)

自動車での移動をお勧めします。

 

以上です。

 

山口県周南市須々万の飛龍八幡宮(ひりゅうはちまんぐう)を紹介:県内最大のスギの木と水

山口県周南市須々万の飛龍八幡宮を紹介します。

飛龍八幡宮(ひりゅうはちまんぐう)とは

飛龍神社は、須々万町の街の中心にある神社です。

創建は康暦2年(1380年)。
このとき「飛龍八幡宮」として建立されたのが始まりとされています。

また、神社付近の看板には、次のような説明がありました。

南北朝時代の後円融天皇(ごえんゆうてんのう)の時代(14世紀後半ごろ)、神霊が京都・男山から降臨し、社殿を建立したことに始まる。

史実としての創建年がある一方で、由緒書きには神話的な表現も見られました。
少し時代をさかのぼるためか、歴史と伝承が入り混じった、いかにも古社らしい成り立ちが感じられます。

飛龍八幡宮の風景

飛龍神社の風景を撮影しました。

一の鳥居

飛龍八幡宮は中心街の道路わきにあります。

この一帯で一番大きな神社です。

一の鳥居も道路わきにあります。

が、そこから先の参道は長いです。

拝殿までそこそこの距離があります。

神額には「八幡宮」と記載されています。

狛犬

みんな大好き狛犬。

こちらの八幡様の狛犬はかなり犬っぽい表情です。

参道

まっすぐな参道があります。

右に「懸社」の石碑があります。

左に「懸社昇格記念 大正十三年七月八日」とありました。

途中で昇格したのですね。

二の鳥居

こちらが二の鳥居です。

が、木が覆いかぶさってとんでもないことになっていますね。

この木は「ミヤマビャクシン」という木で、あまり直立しない木だそうです。

下から見るとなかなかの迫力を感じます。

拝殿

神社内を散策する前に手水を行って、拝殿に行きます。

手水舎の上に以下の謎の文章が書かれています。

「この龍の口には飛龍の延命水が流れています」

これについては後ほど。

こちらが拝殿です。

まずはお参りしました。

手前に龍の置物がありました。

 

延命水

この神社、境内に延命水という水が出ています。

手水舎で出ていた水です。

透明で綺麗な水が出ています。

どうやら地下40メートルからくみ上げている水のようです。

水道水ではありません。

大玉スギ

そしてこの神社には、山口県最大の杉の木があるのです。

実はこの杉、社殿建立の地をどこにするかの決め手になったスギです。

ことの顛末はこんな内容です。

  1. 須々万の新庄の住民と本庄の住民がどちらの地に守護神を祀るか譲らなかった。
  2. 双方でスギを植えて生育状況で決着をつけるということになった。
  3. すると本庄のスギは枯れて、新庄のスギに軍配が上がった。
  4. そのためこの地に飛龍神社は建立された。

 

神社建立より先にスギを植えたんですね。

ただ、「そもそも新庄ってなんだ?野球選手?」なんですよね。

本庄、新庄という言葉から、もしかしたら荘園と関わりがあるのかもしれません。

 

このスギは写真では分かりにくいのですが、根元の周囲は16.38メートルあります。

落雷の被害はあったようですが、本当に大きくなったようです。

アクセス

近くに駅はありません。

JR徳山駅からだと徒歩で4時間半程度です。(道幅は狭く熊が出ます)

自動車での移動をお勧めします。

以上です。

 

山口県下松市の温見ダム(ぬくみだむ)を紹介

山口県下松市の温見ダム(ぬくみだむ)を紹介します。

温見ダムとは

昭和30年(1955年)12月に竣工の重力式コンクリートダムです。

近くに看板で諸々の情報が書いてありました。

  • 河川名:二級河川 末武川水系末武川
  • 堤頂標高:273.80m
  • 堤高:36.00m
  • 堤頂長:135.00m
  • 設計最大吐水量:243m3/s
  • 常時満水位標高:272.20m
  • 最低水位標高:250.89m

などなど・・・

温見ダムの風景

温見ダムの風景を撮影しました。

管理事務所

この日は人が不在のようでした。

すぐ横は道路です。

これをまっすぐ進むと中須方面に行けます。

温見ダムの上

ダムの上を歩くことができます。

しかしダムの真ん中あたりまでしか進めません。

実はこの位置に吐水するゲートがあり、操作室があるためです。

この下に放水されます。

数字では実感できませんでしたが、なかなかの高低差です。

貯水池側

そしてこちらは反対側、水が溜まっているほうの側。

水もいっぱいですが、周囲は熊が出そうなほど自然がいっぱいです。

足元を見ると魚が泳いでいます。

ここではワカサギ、ブルーギル、コイ、フナがいるそうです。

(コイも見かけたが、撮影に失敗)

鵜もいました。

ダムの堤体

ダムの堤体もせっかくなので撮影してみました。

こうしてみると、なかなか立派です。

下に降りる階段の前に「あぶない!はいってはいけない」と書かれた看板がありました。

降りることはできないので、下から撮影する場合は大回りする必要がありそうです。

堤体の横には「温見堰堤」(※えんてい)と書かれていました

堰堤という呼び名は古いダムの名残ですね。

昭和30年3月完成との記載がありました。

ダム横の看板の説明と年月が若干違う気がしましたが、よくよく読み直すと以下の通りでした。

  • 昭和30年3月:温見ダム本体工事完了
  • 昭和30年12月:完工式挙行

なので、こちらは本体が完成した年月ですね。

ダムに関する石碑たち

ダム横にいくつかの石碑がありました。

まずはこの苔むした石碑です。

「温見ダム建設の父 木原六郎記念碑」

と記載されています。

ダムの端で静かにたたずんでいますが、下松で洪水対策やお菓子作りで貢献した方です。

もう一つが「下松土地改良区記念碑」です。

何気ない記念碑に見えますが、これ裏面があるんです。

建設からこれまでの流れまで、大変勉強にはなります。

ただ、問題があるとすれば立ち位置が、多少狭いことでしょうか・・・。

背中側はダムの吐水側の崖なので、読むときに勇気がいりますね。

アクセス

JR岩徳線周防花岡駅から徒歩で2時間半です。

車での移動をお勧めします。

以上です。